革新的な美粒の高圧乳化分散、グラフェン、カーボンナノチューブ、セルロースナノファイバー、挙動は同じです。

コラム

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2017年10月21日UP

コラム 乱流から美流へ

今、日本のものづくりに必要なものは、乱流や粉砕からの脱却である。たしかに、戦後、日本は、ものづくりの中で、一つの巨像を作り上げた。分散でいえば、粉砕である。そこにあるのは、ビーズミルである。そして、ビーズミルと同様な機能をもっている粉砕型高圧乳化装置である。また、分散剤をうまく機能させながら混合分散をおこなう、ボールミル、3本ロール、超音波撹拌機、そして、攪拌翼を利用するミキサー、せん断をつよくする目的の高速ホモミキサー、ディスパーである。もはや、機能面でいえば、そこに特異性はない。中国でも、類似した装置がすでに出回っている。日本だからということはもうない。それを利用した製品は、すでに、出尽くした感じがする。飽和状態にちかい。だから、後は、価格だけの勝負となる。もはや、そこには付加価値はない。おなじものが、中国で安く作られる。技術的にみれば、デフレだけがあり、インフレにはなりえない。

日本の多くの企業が、10年ぐらいまえから、それでは未来がないと、新たな付加価値をもつ商品開発に着手した。政府もバックアップした。しかし、なかなかできない。従来のものを凌駕でき、新しい付加価値をもつものができない。なぜ、できないのか、答えは簡単である。乱流や粉砕の考え方から脱却できないからである。相変わらず、ビーズミルや従来の高圧乳化装置を使うからである。そこから、できるものは、従来の亜流であって、そこに固執しつづけるかぎり、新しい未来はこない。考え方が根本的に違うのである。

補助金や助成金をばらまいても、結果が結びつかない。国の借金がかさみ、日本の技術の斜陽化に歯止めがかからない。根本の分散の発想が同じなら、類似したものしかできない。新規性のある、付加価値のある商品開発は、なかなか実らない。

革新的な会社は、どうやら、従来の手法、考え方が違うのではないかと気づきだした。乱流から美流の考え方に、共鳴してくれる人が増えだした。今、美粒モジュールを組み立てられる人は、世界で私しかいない。実際に、すこしづつ共同研究、共同開発という依頼が出てきている。なぜか、従来できなかったものが、できかかっているからである。

乱流や粉砕の技術も必要である。しかし、そこからは、新しい付加価値を生む新規性のある商品は出てこない。すくなくとも、新しいものが、20%ぐらいないと、これからは、国内では生きていけない。今後、若者が30年間生きていける新しい技術を日本で育てなければ、日本の若者に未来はない。

日本はすぐれた職人文化である。日本はなぜ戦後、アメリカをぬくまで、応用技術がすぐれたか、それは、生産技術の優位性にあった。そこを支配したのは、職人の感性だったのである。匠の技といわれたものである。分散装置はほとんどが、ヨーロッパ製のコピーである。発想は、粉砕、乱流の哲学である。強い力で、ぶち壊せというものである。それを、うまく緩衝させ、分散剤をうまく機能させ、芸術的なまでの商品をつくりあげた。それを指導したのが、職人である。現場で生きてきた職人の感性である。難しい理論よりも、実践でえられたスキールである。彼らは、この乱流から美流への実践を、無意識で、行っていたのである。それが、日本の分散の根底をなしていた。それが分散の匠の技だったのである。日本の分散におけるものづくりの斜陽化が加速したのは、その職人文化を排除していったからである。

塗料なら、塗らなければわからない。電材なら、電池やキャパシタをつくらなければわからない。分散状態も、最終製品の特性に依存する。その分散状態は処方や装置条件によって変化する。つまり、組み合わせパターンは多岐にわたり、どれがいいかなど、やってみなければわからないというのが現実なのである。1000のパターンを全部やれば、膨大である。しかし、それを少ないパターンに絞り込んで、問題解決に、最短でたどり着く方法、それは、もはや、感性でしかない。1000を100に、100を10のパターンで問題解決、最短で最良の答えを導き出すための方法論は存在しない。複雑系の解を最短で見つけるには、やはり、経験と知識と独創性が必要なのである。そこに、人間のエゴや我執がはいれば、まず、うまくいかない。過去、日本の生産技術を支えた人は、名も知れない感性豊かな、天に近い、小うるさいおやじ、偏屈なおやじ、とぼけたおやじだったのである。しかし、ひとたび、酒をのめば、涙もろい人間味あふれるおやじだったのである。そういう職人文化が消えた後に残るもの、無機質なPCの世界なのである。いずれ、そういった世界感も飽和する。乱流から美流へ、乱れから美へと転向する時がくる。新しい技術革新はそこから生まれるはずである。私はみることはできないだろうが、未来は今とは異質な技術文化で支えられていると感じる。

(2017年10月21日、秋山なおの美粒ブログにUP)



上記の乱流か美流へ、をPDFファイルとして、下記からダウンロードできます。未来を見つめる若い人に読んでいただければと思います。これから進む未来に何がまっているか、頭の片隅にでも覚えていただけたらと思います。



2017年10月16日UP

コラム 界面活性剤と美粒システム

微粒化に有効なエネルギーとは
=(化学的エネルギー+物理的エネルギー)-(失われた微粒化以外に消費されるエネルギー(音や振動))である。

この美粒システムの本質とは、失われた微粒化以外に消費されるエネルギーをかぎりなく0に近づける方法論である。

化学的エネルギーとは(溶剤の張力、界面活性剤の機能)である。
物理的エネルギーとは、装置のことを意味する。

美粒システムを使用することなく、失われた微粒化以外に消費されるエネルギーを限りなく0にするためには、装置の力を弱めるしかない。それは、化学的エネルギーを高めるしかすべがない。ということは、界面活性剤とは、失われた微粒化以外に消費されるエネルギーを限りなく0にし、しかも、物理的エネルギーを弱め、そして、化学的エネルギーを上げる方法論ということになる。界面活性剤を有効的に使うということは、乱れを抑止して、微粒化を促進させる技巧ということになる。

界面活性剤の機能(効率化)=美粒システムとは、乱れを抑止するという点では、同じことを意味している。界面活性剤を有効につかうためには、機械力をおさえ、乱れが発生しない領域でつかうしかない。界面活性剤を減らしたいのであれば、乱れを抑圧して、物理的エネルギーを上げるしかない。

なぜ、界面活性剤を減らすことができなかったか、減らせば、物理的エネルギーをあげなければいけない。そうすれば、乱れて、失われた微粒化以外に消費されるエネルギーが増大するからである。

なぜ、合成の界面活性剤フリーの化粧品が汎用化されないのか、物理的エネルギーを上げなければならないからである。あげれば、乱れが生じ、失われた微粒化以外に消費されるエネルギーが増大し、微細化ができないからである。

なぜ、分散剤フリーのカーボンナノチューブや黒鉛からの剥離、グラフェンができなかったか、分散剤(界面活性剤)をいれて、機械力をあげれば、乱れて、きれいに剥離・解繊ができないからである。そして、分散剤が、導電性を悪くさせるからである。

いままでの、粉砕、解砕、乳化、可溶化の分散技術の向上は、分散剤、界面活性剤の進化とリンクしてきた。

それは、化学的なアプローチから、乱さないように、界面を濡らし、そこに、美しい秩序を作り上げてきた。界面活性剤とは、乱さないように、美しい秩序をつくりあげることで、微細化させる方法論である。美粒システムと、アプローチはことなるが、目的は同じである。

今、時代が閉塞しているのは、技術がブレイクスルーできないのは、化学的エネルギーを抑えて、失われた微粒化以外に消費されるエネルギーをおさえて、微細化するツール、その方法論がないからである。それを解決したのが、美粒システムである。しかも、ほとんどが、汎用部品で構成されている。量産になったとき、費用対効果の点で、効果がでてくる。イノベーションに必要なのは、大量生産性と廉価性だからである。

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