革新的な美粒の高圧乳化分散、グラフェン、カーボンナノチューブ、セルロースナノファイバー、挙動は同じです。

分散に携わる若者に捧げる言葉

分散に携わる若者に捧げる言葉

青年は、シンガーソングライター的な人を目指し、日本を背負う技術者となれ。

 今、私が携わっているのが、最先端の分散技術である。化粧品等で扱われている乳化は、活性剤による乳化技術がメインだから、物理的な攪拌力は抑えた方がいいようになっている。だから、化粧品等で、使われている装置、メインは真空乳化装置というものだが、ここ50年、ほとんど進歩がない。大手の化粧品会社、メインは下請けのOEM会社が多いが、30年前、40年の装置も、現役で動いているものが多い。化粧品の乳化で、進歩したのは、原料と界面活性剤の技術であるからである。それと、化学品、精密な電材や色材も含めて、メインとなっているのが、粉砕技術である。乾式から湿式と変わっても主流は、混ぜることと、微細にするのであれば、粉砕である。分散のメインは、混ぜることと壊すこと、それが、今までの主流の技術であった。粉砕でよく使われるは、ビーズミルである。鉄球を処理物にあてて壊す技術である。(昔は、野球をやって、人様のガラスをよく割ったものである。今は、強化ガラスだから、割れることはないだろうし、外で野球など、遊ぶこともなくなったから、ガラスをわって怒られる、親がきて、弁償することもなくなった。)だから、ぶつける球を固く小さくして、速度をあげて、処理物にぶつけるのである、そして木っ端みじんにする。当然に、ぶつけたら、細かいものから大きなものも残る。不ぞろいになるからである。したがって、粉砕があれば、かならず分級する技術が、でてくる。粉砕技術と分級技術がセットとなり、そして、それを塗布する技術が組み合わさって、今日の世界ができていると思っていい。

 すでに、ある意味、その技術は飽和している。粉砕の技術や分級の技術というのは、ある意味論理的思考が動く世界である。もちろん、経験測が活きるが、あるいみ、条件設定が、それほど多くない。球の形状、がらんがらんとやる速度、そして、時間、ある意味、だれでもが、できるものである。装置側の条件よりも、原料の組み合わせ等が必要だし、装置側としては、強度計算、シール強度の問題と、直接粉砕とは離れたところが基軸となる世界であった。ある意味、限られた条件の中で限られた組みあわせしか存在しなかったから、だれでもができた。日本が強かったのは、その処方の技術、それと装置をどうマッチングさせていくかの技術であった。すでに、先例があるから、そこに、あらたな発展の芽はない。今あるのは、韓国、中国との競争によるコストダウンの世界である。EV車でのLi電池も、日本で作るメリットもないから、つまり、そこにオリジナルな付加価値を生むことができなくなったから、撤退ということになる。技術が飽和した結果、後は、コストダウンしかないという論理である。日本が戦える戦場ではなくなったからである。粉砕、分級の技術、それでは、もう日本は勝てない。勝てるのは、製品を寡占化し、製法をブラックボックス化して、すべてを内製化する一部の会社だけである。機密主義だから、風通しが悪いはずであるし、自分を閉ざせば、新たな情報は入らないはず。いずれ、技術革新が起きて、システムが変われば、一気につぶれる運命となる。この恐ろしさにだれも気付いていない。

 分散技術で、ひとつ、手つかずの分野がある。それが、剥離、解繊、そして、界面活性剤をへらした乳化である。これは、粉砕とは、真逆な発想である。壊すのでなく、はがすのである。ほぐすのである。つつみこむのである。今はやりの、ナノシート化、ナノファイバー化、そして、ナノエマルジョン化なのである。なかなか、これができない。なぜか、粉砕の技術/分級の技術が固定観念となって、発想を邪魔するからである。そこに、何が必要かというと、それが、創造性なのである。先例なきものの因果関係をどうやって探り当てるかなのである。装置も含め、すべてが、手探り状態なのである。何が適正因子なのか、分からないのである。ひとつクリアーしたら、見えない因子が顔をだす。その繰り返しである。なぜ、そうなるのか、相互作用する因子が多岐に及ぶからである。俗にそれを複雑系と呼んでいる。論理思考的に解析できるのは、一次変数だけである。それが、多次元の微分方程式のように、複雑になっていたら、最適なパラメーターをこれだとは、探しきれない。偶然に答えをはじき出すしかない、出たとこ勝負的になることがおおい。だから、難しいのである。分散がアートだといわれる所以なのである。

 私は、剥離、解繊に、適したシステムを作り上げた。特に、有効なのは、いまはやりのカーボンナノチューブの解繊や層状化合物のナノシート化(剥離)である。黒鉛ならグラフェン化である。しかし、これも、目的や仕様や、溶媒、濃度、粘度、密度、圧力、温度勾配特性によって、装置内のシステムを最適化させなければ、ならない。先例がないから、初期は、手探りである。何かの基準をつくらないと、何もはじまらない。あとは、どんな因子が効いて、どう最短で最適化できるか、チューニングが必要になる。先例がないから、だれでもができるわけではない。経験が必要になる。しかし、複雑系である。同じ時間、おなじ経験、おなじ知識をもっていても、探し当てる人と探し当てない人がでてくる。ここが、非常に重要なポイントなのである。日本の最先端にいる会社の重役に、特にあらたな分散技術が必要となる会社のトップに、聞かせたいポイントなのである。政治家のトップにも聞かせたい点である。日本が伸びるか衰退するかの瀬戸際のポイントになるかもしれない重要な点だからである。私はそう確信している。

 これから必要になるのは、職人的感性、芸術的な創造性の力なのである。これは、今の理工学系の基準にはない点である。私が、いままで見てきた技術者で、これはという人間はすべてこの芸術的な創造性が他よりすぐれた人間だった。しかし、それが優れているということは、論理的思考は、普通になる。そして、どこか、論理的思考的な人間とは異質なところがでてくる。当たり前である、職人的感性があるからである。しかし、そうなると、技術者として、開発者として、研究者として、弱い立場になる。論理的思考がつよい上司に、芸術的な創造性の強い人が、何かをいっても、どうして、そうなるといわれるだけである。結果をしめさなければ、どうすることもできない。そういう技術者は、大抵は疎んじられることになる。先例のない複雑な世界に論理は通用しない、大抵、芸術的な感性の強い人がみている世界の方が、正解に近いことがある。しかし、大抵は、論理的思考に押し切られてしまう。つまり、それは何を意味するか、新たなものが生まれないことになる。これで、どれだけ新規性のあるものが、日本から失われていったかである。

 そろそろ、本旨にはいる。これから、必要になるのは、職人的感性である。それが、創造できる力なのである。先例のないところに、独自の感と今までの経験と知識をもって、新たな道を作り上げることなのである。そのたとえとして、私がいつもいうのが、シンガーソングライターである。作曲だけでなく、言葉(歌詞)だけでなく、それに、楽器をつかって、表現し、自分の声で訴える。これこそ、最大の創造性だと私は思っている。それにむかって、努力する。まったく、私が自ら、模索してつくりあげ、どのようなパラメーターが効くか、探し当てる行為と同じなのである。私が、昔いつも言っていた言葉がある。技術者はミュージシャンになれないが、ミュージシャンは技術者になれる。しかし、今の時代それでも足りない、言葉による思考性、それは、絵画的な詩的なイメージング能力がいることになる。そして、メロディ、アレンジ性、これが、調和であるし、ひらめきになる。曲をつくるというのは、論理性がないとできないものである。そして、楽器を習得し、みずから、それを使って表現する、これができる人こそ、複雑系の中で、最適な解を探し当てられる人だと思っている。シンガーソングライターなど、なかなかできないし、やっても、どれかの分野が、つたないものだ。だから、あえて、いえば、シンガーソングライター的な人を企業は求めるべきであるといいたい。

 もし、詩人になりたいのなら、小説家になりたいのなら、画家になりたいのなら、音楽家、歌手になりたいのなら、とにかく、大学の理数系を選んで、何かを勉強することだ。これからは、少子高齢化で、勉学に意欲のある人に対して、いい奨学金制度ができるはずだ。まずしくても、大学に行ける時代がくる。なら、まよわず、理数系にいって、理工系の考えをまなぶことだ。男も女も関係がない。これからの日本が必要になる人材は、まさしく、そういった人材である。創造的な感性を持っている人が、先例のない未知なる複雑系の解を探し当てられる人になる。もし、時間ができたら、詩をかいたらいい、小説を書いたらいい、歌を歌ったらいい、絵をかいたらいい。50年後の未来は、そういった人の感性にゆだねられていると思っている。生きれる時間が限られた私を含めた爺さんは、若者に、希望と未来の方向性を示してあげることだと思っている。

(2017年11月27日、秋山なおの美粒ブログにUP)

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