革新的な美粒の高圧乳化分散、グラフェン、カーボンナノチューブ、セルロースナノファイバー、挙動は同じです。

黒鉛ナノシート(グラフェン)をもとめて

黒鉛ナノシート(グラフェン)をもとめて

黒鉛ナノシート(グラフェン)をもとめて。現実化と空想論との狭間で人はもがく。

 黒鉛、かっこよくいえば、グラファイト、鉛筆の芯である。300層―500層以上のグラフェンシートが層状に密接に重なったものである。それを、一枚、一枚、はがしていけば、グラフェンがとれる。平面がきれいな黒鉛にセロテープをはる。それをはがせば、そのセロテープの裏側に、薄い透き通るようなものがくっ付いているのがわかる。それが、グラフェンである。もし、セロテープと接着されたグラフェンが、きれいに分離できるなら、それはそれで、とんでもないことになる。頭では、簡単なようでもそれを現実化するのは、相当、苦労する。

 グラフェンは、2010年、アンドレ・ガイム氏とコンスタンチン・ノボセロフ氏との「二次元物質グラフェンに関する革命的な実験」で、ノーベル物理学賞を受賞している。誰でもが、小学生時代から、知っている鉛筆の芯、シャーペンシルの芯の一部、それをセロテープではがせば、それがグラフェン、小学生の時、図画の工作で、セロテープを使ったものである。鉛筆で汚れた手にセロテープをはって、それをはがして、その裏面に黒い指紋が付着していたのを記憶しているものである。だれもが、そんな経験をもっている。それが、グラフェンなのである。

 だれでもがしっているグラフェンの形状、その薄く透き通る膜、言葉はわからなくても、そのありようは、わかるはずである。人は見かけによらないのとおなじように、そのグラフェンは、とんでもない物性をもっている。だから、世界の多くの研究者や技術者は、グラフェン、グラフェンと列挙するのである。数例をあげれば、もっとも強靭なもの、最も、伸長、折り曲げができるもの、最も熱伝導しやすいもの、完全な物質を遮断する(不透過性)もの、もっとも、電気伝導性の高いもの、ネットで検索すれば、より詳しい情報が得られる。

 セロテープではがれてとれるなら、そんなもの、簡単にできるだろうと、だれでも頭ではそう思う。それほど、とんでもないものでも、簡単にはいかない。ネットで、グラフェン製造方法と検索すると、いろいろな専門サイトがでてくる。しかし、どれをとっても、量産化に対しては、疑問である。今は、高速ネットワーク情報社会である。そして、市場経済がリンクしている。これだけ、いいものがあれば必ず巨大な投資が入り、複雑に見えるプロセスでも、なんとか量産化へとこぎつけるものである。しかし、現実的にはでてこない、なぜか、コストがかかるからである。また、グラフェンと似たようなものに、カーボンナノチューブがある。シングルカーボンナノチューブ(SWCNT)は、長方形のグラフェンを丸めた状態、チューブの状態のものである。マルチカーボンナノチューブ(MWCNT)は、数層のグラフェンを丸めた状態に近いものである。詳細は、カーボンナノチューブと検索すれば、いろんなところで構造は紹介されている。

 世の中は、コスト主義である。いいもので需要があれば、年々、製造コストが下がっている。マルチCNTに関して言えば、すでに、一万円/kgは十分に切っている、数千円/kgレベルである。しかし、カーボンナノチューブは製法上、チューブ一本一本ではとれない。ある程度の束となって、粉として、市場にでるからである。ある意味、棒状スチックチーズのようなもので、それが、絡まっている状態なのである。それをきれいに、ほぐして、チューブ一本一本にばらけたなら、理想である。しかし、それもなかなか難しい、だから、これも、ある程度の性能劣化には目をつぶって、チューブをきって、ばらかしている。ひもが絡まって、こぶができ、それがなかなか、ほどけなければ、ハサミで、きって、ばらばらにするのと、おなじ理屈である。だから、日本では、今、グラフェンというよりも、カーボンナノチューブのほうが、話題に乗りやすい。なぜなら、カーボンナノチューブは、製造方法が、確立しているからである。もう、日本ではコストが合わないから、廉価品は、中国製や韓国製である。それでも、カーボンナノチューブであるから、それはそれで性能はでる。だから、今は、ビーズミルで処理する方がやすい。下請けで数百円/Kgという価格が相場みたいであるから、これも、値崩れがつづく。日本では、もう対処できない世界になるだろう。そうなれば、日本では付加価値を上げる商品しか生きる道はない。グラフェン/マルチCNT複合体か、グラフェン/シングルCNT複合体か、グラフェン単体になるはずである。

 物質には、層状構造と立体構造がある。層状構造の代表が、雲母やベントナイトであり、それに黒鉛、剥離ナノシート化ができる層状酸化物、たとえば、層状酸化チタン、層状酸化マンガン等である。剥離を誘発する剥離剤をいれて、剥離化させれば、黒鉛からグラフェンがとれるのと同じ感覚でナノシートがとれる。膨張黒鉛とよばれているものは、黒鉛の層間を硫酸根(マイナスイオン)で膨らませたもので、ある程度、剥離しやすい構造となっている。したがって、層状化合物に対して剥離しやすいものを添加し、横に掛かる力をかけてやれば、はがれていく。だれでもが、頭では、わかっている。しかし、なかなか、それでも量産化はすすまない。なぜか、そこに、現実化と空想論の境目が存在するからである。

 これまでは、粉砕の技術が主流である。ぶち壊すという発想である。トンカチでものを割る感覚である。りんごやパイナップルやすいかを縦に割るという感覚である。それがある意味粉砕という感覚である。スケールが大きくなっても、ものを壊すのであれば、簡単である。だから、量産化は意外とやさしいのである。マルチのCNTをビーズでマイルドに壊して、ほぐしても、それなりの性能はでるし、下請けの製造コストもやすいから、ものは動くのである。しかし、それは、今の技術の延長線のようなもので、それを、遷移するもの凌駕するものは、でてこない。それこそが、前例なき道を進むことになるからである。すでに、縦割りで、こなごなにするものは、飽和にちかい、しかし、層状的なものを、横に薄くスライスするのは、なかなか難しい。これが、ナノシートと呼ばれるものである。これからの機能性材料として、最後にのこっているのが、ナノシート、ナノファイバーと呼ばれているものである。剥離、解繊という従来と全く異質な力のかけ方が必要なところである。50年後の未来は、その新規材の開発の成果如何に掛かっていると思っている。

 これからの現実の世界を動かすのは、もはや、現場での試行錯誤しかない。空想論や幻想論で、ものごとを論じても、単なるビーカーワークで、ものを作って、それをベースに空想論をロジカル的に組み立てていても、何も世界は変わらない。なぜなら、現実的な生産技術が論じられていないからである。それをふまえ、現実的に費用対効果のある量産化ができる筋道をたてて、そして、実践してつくる。それで、はじめて、物事ができるということになる。そういう意味では、グラフェンは、まだ途上である。安いMWCNT分散液を、数百円/KGでビーズをつかって、多少劣化しようが、作り、それを市場に出すほうが、まだ、世の中の進歩には貢献するということになる。

 グラフェンにしてもシングルCNTにしても、いかに、やすく、安定的に、つくり、市場に供給できるかという点である。最終的には、グラフェン溶液、シングルCNT解繊分散溶液を、やすく提供できるかということである。そこにあるのは、空想論や幻想論ではなく、現実的な生産技術としてどう対処していくかである。そこまで進めば、世の中は一気にかわることになる。原子力発電も不要になるし、すべてが、EV車にとって代わる時代がくるし、超電導として、熱に逃げることがないから、温暖化も、阻止されていくだろう。繰り返す、空想論や幻想論だけでは、現実は変わらない。いい論文やいい実験データがあっても、頭のいい人たちの生活の手段になるだけで、現実の社会は変わらない。量産化され、市場にでて、それが生産技術のテーマにのって、はじめて、現実が変わることになる。黒鉛は太古より、地球にあった。一枚一枚は、重なるように、グラフェンは存在していたことになる。人間はただ、気づかなかっただけである。50年後の未来には、きっと、グラフェンやCNTの花がさいて、明るい社会になっていることを願うだけである。

( 2017年12月7日、秋山なおの美粒ブログUP)

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