革新的な美粒の高圧乳化分散、グラフェン、カーボンナノチューブ、セルロースナノファイバー、挙動は同じです。

2変数を解く。シンガーソングライターの発想。

2変数を解く。シンガーソングライターの発想。

ナノカーボン乳化(夢粒)技術開発、商品開発、2変数を解く。シンガーソングライターの発想。

私は、最近、とんでもない商品開発を行った。ナノカーボンスメクタイト乳化物、それを粉体化させた。ありていに言えば、水を飛ばして、粉末化(名称を夢粒)しただけである。それだけでは何も始まらない。しかし、これに水を入れたら、どうなるのだろうかと、ふと思った。このふと、思うのが直感で、これと同じ感覚で、美粒モジュールやナノカーボンスメクタイト乳化も思いついた。最初から、ある(理解)のでなく、いつも、ふと思うことから、始まるのである。もし、最初からわかっていてやったら、私は、大天才といわれる。私は天才でもなんでもない、普通の無学の職人である。どん底に蹴落とされ、そこから這い上がってきた職人である。今回も、なにげなく、ふと思った。ふと思わなければ、ナノカーボン乳化物の粉末に価値は生まれなかった。単に水を入れて攪拌したら、元の状態に戻った。ナノカーボン乳化物に復元したのである。従来の有機系の活性剤をつかったミセル乳化ではあり得なかったことである。その意識が根底にあったから、フイルムになるように、何かを添加していなければ意味がないと、勝手に思い込んでいた。フロック状の数ミリの固まりの粉末、飛散するわけではなく、瓶の中に入れて振っても、壊れるわけでない。丁度扱いやすい大きさになった。

これはナノカーボンの歴史の中でも、恐らく画期的なことになるはずである。粉末で売っているカーボンナノチューブ、酸化グラフェン等のナノカーボン、それだけでは、どうしようもない。何かに混ぜて、分散した状態でなければ使えない。溶液に分散していても、それだけではまた、どうしようもない、樹脂や他の材料に混ぜる必要があるからである。それも簡単にはいかない。ナノカーボン乳化にするから、溶液に均一に混ざるのである。この粉末化(夢粒)にすることで用途が数段向上することになる。

その粉末自体は、ナノカーボンの優れた導電性を有している。そのまま、溶剤に混ぜることができる。シリコンが溶けるトルエン等に入れたら、シリコンの中に夢粒が均一に混じる。うまく配合すれば、廉価に簡易的に導電性シリコンが完成する。また、溶剤系の樹脂やゴムにも均一に混ぜ合わせることができる。特殊な能力、設備を有することなく、帯電樹脂、ゴム、強化樹脂、強化ゴムができる。従来の商品の機能向上、用途の変更にもつながる。これがイノベーションである。水系接着や塗料にまぜれば、無機フィラーとして、インフラ補修、補強、塗料になる。ナノカーボンの特徴のひとつ、軽くて強靭という特性が活かせることになる。また、福島原発の汚染水タンクにゼオライトの代わりに夢粒を放り込み、電極で揺らせば、セシウムは夢粒に吸着する。福島原発の増え続ける汚染水タンクに何かしらの解が得られるかもしれない。電池関連では、従来の素材系では、日本は中国にもはや勝てない。しかし、夢粒をうまく活用すれば、電池の世界でも、新たな世界が生まれる可能性がある。ナノカーボン乳化の油は特定されていない、黒鉛になじみのあるものであれば、なんでもいい。水とまじりあわない油なら、大丈夫であるし、後は、配合と美粒システム(装置)の条件次第でなんとかなる。

夢粒ができるには、ナノカーボン乳化が必要である。それを作るには、黒鉛の剥離、カーボンナノチューブの解繊、界面活性剤を使わないピッカリング乳化技術がなければできなかった。もちろん、それは美粒システム、根幹となるのは、日米の特許を有している美粒モジュールがないと、出来なかった。それを作るには、高圧分散技術がないとできない。そんな高圧分散技術など、どこの大学でも教えていないし、まして、専門の本などもない。すべて、企業、それも、現場主義での実践で学ぶことしかできなかった。たまたま、知り合いにユダヤ人がいた。テクニオン出身の技術者である。それが、色々なものを作った。はしごを外される前は、私の会社もそれなりの規模のものだった。日本人の設計者がいたが、結局、そのユダヤ人がつくったものを超えることはできなかった。その設計者のエゴがはいってしまい、結局、すべてだめ、最終的には同じものを作る以外、何もできなかった。発想が違っていた。そのユダヤ人も高圧ポンプはよかったが、分散技術はわからなかった。すべてに対して、私の発想が入っていった。それが乱流でなく、美流という考えである。

それが基礎にあったから、日本で初めて、0.2ミクロンのろ過ができるリポ化製剤、プロスタングランジン、ポロポフォールの製剤システムを作った。今でも、私がつくったものをコピーして製造しているはずである。そして、世界でトップシェアーのMLCCの製造ラインの分散システムも私が提案して作った。たぶん、そこも高圧分散技術を使っているなら、コピーして製造しているはずである。リーマンショック以前は、日本企業も景気がよかった。特に、カラーコピーは圧倒的な国際的シェアーをもっていった。ポリエステルの無溶剤乳化をやろうとどこも必至だった。水をポリエステルの軟化点以上、140度以上(水の亜臨界状態)200度以下まであげて、界面活性剤を使いポリエステルを乳化するのである。圧力は150Mpa-200Mpaであった。温度勾配、減圧勾配の制御が難しかったが、それでも何とかできた。リーマンショックがなければ、生産ラインが入っていたが、それがあったから、だめになった。飛ぶ鳥を落とす勢いがあったカラー複写機メーカーも、それから斜陽していった。

色んな事を経験した。その経験で得られた実績等は、データーベースとしてなんとか、失われずここに残った。そして、そこから、新たな美粒システムが私の中で生まれた。また、はしごを外される前は、化粧品事業もやっていた。リン脂質をつかったリポゾーム原料もとある会社の依頼で作り上げた。だから、自らも、化粧品の処方をいじって、新たな化粧品開発までやっていた。ここに、夢粒を作り上げる2変数を解く伏線があった。化粧品関連の処方開発者もやっていたのである。また、神戸学院大学の薬学部の福島教授といっしょになり、人口血液、酸素運搬製剤の製造システムまで完成させた。いいものだが、日本にはそれを製剤化させる力はなかった。その技術は、福島教授の所にいまでもある。そんな関係で、美粒の装置が福島先生のところには結構ある。製剤における乳化分散能力としては、あまり知られていないが、世界一のはずである。もったいない話である。余談だが、最近では抗がん剤としての菌体破砕、約20年かかって、やっと、製剤化のめどがたった。美粒システムを使って、こうしたらいいよとアドバイスした後から一気に加速しだした。この20年、ずっと、かかわってきた製剤である。早くいい薬ができて、がんを抑圧できたらいいと願うだけである。私の分散技術の成長とこれは全く同期した製剤である。資本が入れば、一気に開花する。

結局、はしごを外された後は、すべてを自分でやらざるを得なかった。高圧ポンプのポンプ設計、チャッキバルブの設計、シール関係、すべて再構築して行った。だから、他社がつくっている高圧ポンプの技術もどこがおかしいか、大体わかった。安かろう悪かろうという発想である。安く売って、メンテで儲けるというビジネスモデルである。いずれ、どこかで行き詰るはずである。話を聞けば、大体おなじようなトラブルである。圧力を倍にあげたら、消耗代は、20倍になる。普通の人はそれがわからない。だから、ナノカーボン乳化は100Mpaぐらいで抑えている。生産技術の発想がなければ、どこかで、終わりが来る。結局、高圧(140Mpa以上)高速(周速20m/sec)の世界は、見栄だけで、よほど、医薬品か超付加価値商品以外は頓挫する。汎用性、市場性、生産性がなければ、イノベーションはおこらない。だから従来の手法にはもはや解はないのである。

それがどうしてわかるのか、その基礎になっているのが、ユダヤ人が作り上げた高圧ポンプ関連の技術である。ユダヤ人がどのような発想で作り上げたか、その思考プロセスをおえば、何がキーかわかってくる。そして、今、アメリカ製のポンプを使っている。メンテの時、私が自分ですべてばらして、修復している。ある意味、これは楽しい仕事である。これを見ていると、アメリカ人の発想の良さがわかってくる。日本人にはまねできない技術である。非常に合理的にうまく作っている。これを見ていると、太平洋戦争で日本が負けたのがわかる。戦艦ヤマトやゼロ戦は作れても、それをまとめる大きな発想がなかったからである。美粒システムは、戦艦大和やゼロ戦をつくった日本人の考えで作られている。しかし、高圧の駆動システムを国産でつくっても、トラブルだらけである。IPhoneも同じである。中の部品は日本製である。しかし、全体のシステムはアメリカ人の発想である。中の部品は日本製、全体のシステムも日本人の発想、だから、日本のスマホは衰退したのである。一番奇妙なのは、今の高圧分散機の世界である。中の分散原理はアメリカのコピー、全体のシステムは日本人の発想である。トラブルのは当たり前である。日本人の発想の使い処が間違っているのである。

日本人の発想には、昔から、粉砕や破壊の哲学はない。武士道でも、基本は相手を思いやる慈悲と寛容の精神である。力には技で返すという手法である。乱れよりも秩序、調和を求める文化である。だから、町が平和なのである。地方へ行ったら、家に鍵などかけない。何かあれば、人を助ける文化である。互助の精神があるからである。アングロサクソンの文化は、力には力である。だから、基本は粉砕なのである。破壊なのである。銃で身を守るのは当然なのである。だから、アメリカの文化には、剥離や解繊、乳化というものが乏しい、乳化は機械でなく、乳化剤でやるものという発想である。だから、ナノカーボン乳化など、彼らの発想からは出てこないし、夢粒など、わからないはずである。いずれ、夢粒が海を渡る時がくるだろう、その時、ひっくり返るはずである。どうやって、ナノカーボンでこのようなものをつくったのかという事になる。美流という発想が理解できないから、夢粒は、アメリカの文化をひっくり返すはずである。夢粒こそ、日本文化の象徴になってほしいと願う。アメリカの文化に媚びる必要はないはずである。

はなしが長くなった。表題のシンガーソングライターの発想という点に話を移行する。シンガーソングライターというのは、基本的に、自分が楽器を演奏して自分の思いを自分の曲に載せて歌うことを意味する。ある意味、昔の吟遊詩人である。その発想は、自分が出せる音域、自分が奏でられる技量をベースにして、曲がつくられるということである。自分が歌えない、自分が演奏できない曲は作れないということである。作れないというよりも作らないのである。自分が歌えない、自分が演奏できないものをつくっても意味がないからである。ギターでいえば、難しいコード進行など、選択できないということ。それによって、メロディが制限されることになる。そして、重要なのは歌詞である。勝手に書くことなどできない。あくまでも、音符と音節を対比させなければならない。曲も、対句的に作らなければならない。主題に応じて、曲と歌詞を同時に変えていくことになる。

ここが2変数ということになる。メロディに制約がはいる。その音符における語数が決められる。それにあう日本語を探さなければならない。どうしてもできなければ、その語数に合わせて、音符を増加減する。作詞と作曲を同時に行う人だからそれができるのである。これこそが、2変数を解くキーになる。曲が先にできたら、それに合わせるように詩をつくる。これが作詞家の手腕である。歌詞が先にあったら、それに合わせるようにメロディをつくる。これが作曲家の手腕である。後付けの方がはるかに難しい。それができる人がプロである。シンガーソングライターはそれを同時にマルチタスクで処理しているのである。

夢粒も結局同じことをしている。処方条件と装置条件、この二つを最適値になるように合わしているのである。ちょっとおかしかったら、装置条件を変える。それでも無理だとおもったら、処方のバランスを変える。それによって、ナノカーボン乳化は最適化された。しかし、これも、油の種類や、その用途が変われば、その最適値も変化する。2変数を調整していかなければならなくなる。まったく、シンガーソングライターにおける曲作りと同じことをしているのである。その種本は一体何なのかといえば、経験と直感ということになる。自分の手を汚して、体で覚える事なのである。それは一体なんなのか、それこそが、職人の技ということになる。その技量が人を凌駕すれば、匠といわれるようになる。

これこそが、日本が世界に誇れる文化なのである。アメリカと同じような事をしても意味がない。アメリカの優れたところを取り入れ、それをうまく利用することなのである。敵対するのでなく、アメリカの文化と調和させるのである。明治時代の文明開化はまさにそれを行った。欧米人の植民地政策に対抗するために、日本は奮闘したが、どこかで、日本は傲慢さが出てきた。アジアを欧米の植民地政策から解放という当初の思いから、大和民族こそが一番だと思いあがった思想に酔いしれた。調子に乗りすぎて、心が乱れたのである。乱れればどうなるのか、自己破壊がまっているのは道理なのである。日本の歴史はその乱れと調和の繰り返しなのである。

すでに、現代の技術は飽和している。ブレイクスルーするには、新しいシステムが必要なのである。今までは、破壊と粉砕である。それは無機の粉砕である。もはや、そこには新しい解はない。剥離、解繊、乳化という、欧米人の発想からでてこない分散が必要になるのである。その代表が、夢粒である。ナノカーボンスメクタイト乳化の粉体化である。日本の職人魂を受け継いだ技術者がうまくそれを利用して、あらたな用途展開へとつなげてくれるだろう。いずれ、爺はあの世へいくが、若者がこの国をしっかりと支えてくれるはずである。

日本の職人が作り上げた戦艦大和、ゼロ戦を、アメリカの艦隊にぶつける、愚かな特攻戦略、指導者が愚かだったから、有能な若者を犬死させた。ある意味、それもアメリカの戦略である。それに踊らされて、乗せられた日本の指導者が間抜けだったということになる。アメリカの従属になる必要はない。驕れることなく、文化と技術を守っていけば、美しい秩序に満ちた日本は、世界から憧れる存在になる。そうなれば、美しい日本語を学ぼうとする人も増えるだろう、日本で生活したいと願う外国の人も増えるだろう、肌の色、目の色が違おうとも、日本でうまれ、日本語が母国語になれば、その人は、日本人となる。そういう人を増やすには、日本発の技術、文化を世界に発信させることである。夢粒がその一つになればいいと願うだけである。

(2019年3月27日、秋山なおの美粒ブログにUP)

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